きよら通信  〜きよら鍼灸院 高野のブログ〜

祐天寺駅から徒歩3分の住宅街にある小さな一軒家で鍼灸マッサージ治療をしています。

川辺寿々洋先生のこと

川辺先生はあん摩マッサージ指圧の実技担当教員だった。
小柄で目が細く、いつもにっこり笑ったようなお顔をしていた。
おっとりした穏やかな話し方で、
授業の時には怒ったところを見たことがなかった。
当時学校の研究室でアルバイトをさせてもらっていたので
学生の中ではそこそこ色々な先生と交流がある方だったけれど、
個人的に1対1でご飯を食べたのは後にも先にも川辺先生とだけだ。
学校の近所でランチしながら色々な話をした。
私が卒後に子宮筋腫の手術で入院した時には同期とお見舞いに来てくれた。
若い頃にヨルダンでマッサージ師をしていたり、
日本では某有名人の専属マッサージ師をしていたこともあったらしい。
でも、私が惹かれたのはそこじゃなくて
先生の価値観とか、死生観みたいなもの。
当時は緩和ケアやターミナルケアに強く興味があったので
重篤な病の人とどう関わるか模索したいと思っていた。
先生はヨルダンから帰国後しばらく、がんになったご友人の世話を焼いたそうだ。
話の細かいところは覚えていないのだが、
ヨルダンで貯めたお金を使って先生が最期までその方を看たという話だった。
「私の周りって結構 がんが多いの」
そのあたりが多分きっかけになって
先生はリンパドレナージュ(リンパ浮腫を改善するための専門マッサージ)の施術者でもあった。
リンパ浮腫を患うのはがんの手術後が多いので、よく、がんになった人たちの話をした。


そこから、死ぬときは私もがんで死にたい、他の病気と違ってがんは死ぬ準備ができるからいいと思うの、
という、一生忘れることのない会話をした。
前後して先生のお父様が病院をたらい回しにされたのが元で亡くなった時には
珍しく声を荒げていたことも思い出す。
よく先生と死についての話はしたけれど、早く死んでも良いとか考えていたわけではなかった。
先生の「寿々洋」という名前は本名で、しかも読み方は「すずよ」ではなく「すずよう」という。
珍しい名前の由来を聞いたら、お父様が独断でつけたそうで
真意はわからないけれど、
戦争で南洋にいた頃、現地で奥さんのような存在の人がいて、
その人の名前の音を漢字に当てはめたのではないか、と言っていた。
「父は戦争に行って戦後もすぐには帰国できず大変な苦労をした。
お国の為にと尽くしたのに、最期にそのお国から粗末に扱われて、
こんな仕打ちってあるかしら。父はもっともっと、生きたかったと思うの」
私達鍼灸マッサージ師の社会的な発言力はとても弱い。
立場を良くするためには
たくさん稼いでたくさん税金を払いなさい、と言ったのも川辺先生だった。
会うたびにお互い話題には尽きなかった。
最後に会ったのは去年の夏、学校の臨床実習施設で、
現在のあん摩マッサージ指圧授業に苦言を呈していた。
先生の施術の手は大変柔らかく、優しいタッチが特徴で、
試しに先生の目の前で私のことをちょっと揉んだ研修生に
「そんなやり方はダメよ」
と一言ぴしゃりと仰った。
そういう風な言い方で注意をされたのは初めてで、同時に妙にピリピリした空気というか
先生が苛立っているのを感じた。
そういえば、卒業以来 なかなかマッサージを習う機会はない。
あらためてもう一度、先生が考えるあん摩マッサージ指圧を、個人的に教えてもらえませんかとお願いしたら
今は引き取って飼い始めた保護猫たちのことで忙しいから、
引っ越しして落ち着いてからならいいわよ、
と言ってもらえた。
じゃあ10月過ぎたら連絡しますね
と言いつつ、なんとなく私も忙しくて先生に連絡しないまま年が明けてしまった。
そしてまた夏がやってきたが、連絡することは忘れていた。
その川辺先生が今月初めに亡くなったと学校に連絡が入ったらしい。
2週間前までは講師をされていたそうだから誰にとっても突然の訃報だった。
昨年の、やや厳しい言動は根底にご自分でも気づかないような体調の変化もあったのだろうか。
まだ64歳だった。
今も先生の声と顔をありありと思い出す。
特に先生がお父様を亡くされた時に聞いた「もっともっと生きたかったと思うの」というフレーズが
「私はもっともっと生きたかった」
に頭の中で変換されて聞こえてきてしまう。
先生、酷いなあ。
いつか私たち、がんで死ぬはずじゃなかったの。
そしたら多分、ちゃんとお別れする準備の時間が持てたのに。
人の背中に指を当てるとき、川辺先生の小さくて丸みを帯びた優しい手を思い出す。
どうして去年のうちに連絡して一度でも教えを乞わなかったのかと
後悔もしている。




先生、私もいつかはそちらに行きますので気長に待っていてください。
また たくさん お話ししましょう。



夏季休診のお知らせ 2020

残暑お見舞い申し上げます。



8月15日(土)から20日(木)まで
夏季休診します。
よろしくお願いいたします。
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久しぶりに美術館へ。
コロナ下での閉館で行けていなかった友人お勧めのナビ派、「画家が見たこども展」。
三菱一号館美術館の建物自体が古い趣があって
あの空間に居るだけでも心が落ち着きます。
現在 日時を予約制で入館ということでいつもよりさらにゆったりと鑑賞できてとてもいい。
ナビ派の絵画の中に出てくる人物のモデルは豊かな生活をしている層のようで、
ご婦人方の佇まい、避暑地での風景、子どもたちの服装などがいちいち素敵でした。
開館10周年だからかなのか、チラシ一枚もやたらと良い紙。
特にオモテ面のキャッチーな男の子二人は
実際の絵画の方でも際立っていました。
ミーハーな私は会場にあった企画モノのガシャポンに目がいってしまって
思わずサコッシュとピンバッジのガシャポンに手を出してしまいましたが
これが出たらいいのに
と思ったセーラー少年が一発で出てくれてすごく嬉しい。
小さな喜び 楽しみをたくさん見つける夏にしましょう。



箱灸の交換時期

箱灸の蓋が、お灸中に毎度べったりくっついて取りにくくなりました。
温度が上がるとヤニも柔らかくなるので
中のモグサを替えようと鳥ちゃんをつまんでも、
本体ごと持ち上がってしまう。
木製ですがヤニ部分をメラニンスポンジでこすると結構落ちるので
時々洗いながら使い続けていました。
しかし本体の淵にもこんもりとヤニが付いているので
そろそろ新しくしてもいいかな...


この鷲くん 気に入っているので
外して再利用したいところですが
裏部分がヤニがこんもりしていて
釘が全く見えない・・・
外せるかなあ。




黒いツララ状になって蓋にぶら下がってます。


新しい箱の蓋には
アンティークのノブを付けました。






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腰部脊柱管狭窄症にお灸

アナベルが緑色に変わり始めました。
このグラデーションの感じ、蒸し暑さを忘れるひととき。






最近全然書かなくなってしまいましたが
ちょっと前まで「趣味は文通」と公言していました。
今は合気道にシフトしていますが、多分、合気道をやめたらまた文通生活に戻るんだろうな。
手紙を書く相手には自分の仕事が鍼灸マッサージであることは極力書かないようにしています。
中年あるある、で健康ネタは話題にしやすいですが、
場合によっては相手からの一方的な健康相談の手紙と
それに回答する新聞のコーナーみたいなやりとりになってしまうことがあるからです。
一度も会ったことがない人にあれこれ書くのはとても難しい上、
文通として全く面白くない、というのも本音です。
長い文章を書くなら音声入力でメールやLINEで送った方が楽だし
わざわざ可愛い便箋を使って事務的なことをつらつらと書くつまらなさ。
私は手紙の中に日常以外の要素を求めたい。
腰痛なんですけどどうしたらいいですか
という漠然とした問いには面倒だから石垣先生の本「腰痛の実学」を
そのまま送りつけたこともありましたねそういえば。
しかしながら、久しぶりに来たお手紙に、
60代の旦那さんが腰部脊柱管狭窄症で痛くて歩くのが辛い、
手術しますか?リハビリ通いますか?と聞かれるだけで
担当医がどうしたらいいかという治療方針をはっきり決めてくれない、
という愚痴がつらつらと書いてありました。
時々途切れつつも20年以上文通している相手なので
今回は即、真面目に返事を書きました。
日常生活によほどの支障がない限りは医師は手術は勧めてこないこと。
狭くなっている部分を支えている筋肉を鍛えることで今以上の悪化を防ぎ、
忙しくてもリハビリにもなるべく通った方が良いこと。
そして!ここは強調したい。
狭窄の強い部分の近くとツボの何箇所かに自分で毎日お灸をすること。
自分で運動して筋肉をつけるのがいちばん大事ですが
お灸は局所の血行を改善して
筋肉の緊張を解き、痛みを和らげます。
魔法のようには効かないかもしれないけれど
根気よく続けていただきたい。
スタンダードな腰痛のツボの図解コピーと
せんねん灸、せんねん灸世界、せんねん灸太陽のセットも同梱しました。
(せんねん灸の営業の人かと思われたかも。)


次の手紙で少し良くなっているといいけど、
そもそも真面目にお灸をしてくれるような人なのかどうか、はわからない。
続けたら必ず、変わると思うのですが。


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Orfeu帽子店展示 そしてお母ちゃんの背中

1年ぶりに西荻窪のギャラリーへ、友人の個展Orfeu帽子店を見に。
久しぶりに刺繍入りのワンピースなんかを着て、電車に乗って。
道場と仕事場はヘルメット着用の自転車通勤、
実は去年買った可愛いペーパークロシェも全然被る機会がないままなんだけれども
今日は麻の帽子を買いました。
今年はこれと去年のと、ちゃんと被ろう。






写真撮って貰ったら自分の背中が丸くて笑った!!

合気道休んでたし、働かないのに毎日がっちり三食食べてたし、ミシンかけ続けてたし、
コロナ太りですな。


先日コンビニで見知らぬ男性に


「ちょっとそこのお母ちゃん、コピーってどうやんの?」
って声かけらて一瞬ギョッとしたんだけど、100%この背中のせいだわね。
「やってあげるから貸して」
と私もカジュアルに返答してコピーを取り、
「ええお母ちゃんいて助かったわ」
という感謝のお言葉をいただきました・・・


この歳で「お姉さん」と呼んでもらおうとは思わない。
でも明らかに私より年上男性から「おばさん」て呼ばれると
なんか違うだろって思う。


目指すところはバッグから飴ちゃんを出す関西にいるような「おばちゃん」が最終目標だけど
そのイメージは50半ばを過ぎてからであって
まだ、今ではない。
飴は持ってないぞ。


でも「おかあちゃん」という響きはなんか温かくて好きだ。受け入れられる。


「おかあちゃんがいる治療院」は、なんとなく、いい。


最後にお茶じゃなくて煮物とか梅干しが出てきそうだけど。








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