きよら通信  〜きよら鍼灸院 高野のブログ〜

祐天寺駅から徒歩3分の住宅街にある小さな一軒家で鍼灸マッサージ治療をしています。

治らないのは自分のせい、なんでしょうけれども納得いかないこと。

【注意。この記事は事実に基づいた長い愚痴です。】


先月末、綱島にある某治療院の院長と口論になった。

6月に「すごい先生がいる」と人づてに紹介してもらい、
1ヶ月間母を通わせたのであるが、
7回目の治療を受けた母が、施術中も帰る時もひどい対応をされたと
泣き崩れんばかりの抑うつ状態で帰宅したからである。
具合の悪さもあって他人の言動に過敏な母ではあるが、
少し大袈裟に言っているとしても初回そこに付き添って自分も治療を受けてみた経験から
大体の話は合っていると判断し、
即、その治療院へ抗議の電話をした。
もちろん、症状が治らないことに対してではない。
治療家としての患者への接し方に疑問である。
何しろ治療時間は数分程度であるのにも関わらず3時間待ちもざらというカリスマ治療院、
院長は出てこないかも知れないとも思ったが
電話に出た受付に、
「少々お伺いしたいことがあるのですが、今母が悪化した状態で戻ってきました。
先生にひどいことを言われたようなんですが、
そちらではそういうことがよくあるのでしょうか」
とまくしたてたら
「そうですね」
という返事。
苦情に対して「そうですね」という一言しか言えないの?(一語一句正確に書くが、本当に一言「そうですね」しか言わなかった)。

とりあえずフォローしようという気概はないのだろうか。私ならこんな助手は即解雇する。仮にも自分の師匠への苦情に対して弁解するでもなくあっさりそうですねと肯定もないもんだと思ったが
会話が苦手な人らしく、その後本当に沈黙してしまい、
ほどなく院長に交代された。
予想はしていたが、「自分の体をわかろうとしないからです」
とひたすら母の非にされた。
しかし私は自覚症状が改善しないことを問題にして言っているのではない。
治るかどうかはその人次第という部分もあり、
短い時間しか施術しなくてもそれで症状が快方に向かうのは
その人の治癒力にスイッチが入るからで、そのこと自体に疑問は持っていない。
それが上手く行かない場合、患者が施術者の意図していることを理解していないのが理由だと思うならば、
言い方、言葉表現の仕方っていうものがあると思うのだ。
ものわかりの悪い患者だっている。身体に痛みがあって具合が悪ければ尚更だ。
その場で患者に苛立ちをぶつけてどうするのだ。
説明する時間が取れないのなら「今日は忙しいので次回」でもいいし、極端な話、「説明はしておりません。感じてください」でもいい。
自分の治療院にもう来て欲しくないのならば、
せめて優しくとはいかないまでも、「ここは貴女には合わないようです」と普通の言い方で断って欲しかった。
お金を払っている背中ごしに
「あんたみたいな人は治せないよ」
と捨て台詞を、2度も吐くべきではない!!!
(背中越しに、ですよ。支払いの最中に、ですよ。あんた、ですよ。本当に、大人としてあり得ない。)
混乱しつつも「またお世話になることがあるかもしれませんがその節は
よろしくお願いします」と頭を下げた母に同情するでもなく、目を合わせないようにしたという受付も、人間性を疑う。
しかし私がそれを指摘すると、突然院長は鼻息が荒くなり
「そういう意味で言ったのではない」と強い口調になった。
電話口の呼吸の乱れからすると、その言葉には嘘が感じられ
逃げようとしているなと思った。息遣いって大事ね。
さらに抗議しようとしたところで「そんな風には言っていない」に意味の否定から言葉自体への否定に変わった。
途中の変容ぶりに、ああ、本当にそう言ったのだと強く確信した。
そして「随分理屈っぽいよ」「あなたもおかしいね」と言ってぶちっと一方的に電話を切られた。
あなた「も」である。
私は感情的な人間であるのは自覚しているが、理屈っぽいといわれたのは初めてだ。
これが自分のことだったら、同じ鍼灸師相手にこんな電話はしない。
臨床経験豊富で弟子も何人もいて、毎日何十人もの患者さんをみている治療家に
失礼な電話をするなんて、これからの自分の人生を長い目で見たら
あまりメリットがない。
せいぜい知り合いにちょっと愚痴って、そのうち忘れるだろう。
しかし私はこの3年の生活の多くの時間を母のことに割いてきた。
母を通して学べたことも多い。
今回は目の前で電話することで、
彼女の気持ちを晴らしてやる必要があったのである。
その甲斐あってその後母の気分は回復したが、
私の方にはまだ暗雲が立ち込めている。


<追記>
母の闘病生活にいろいろおせっかいをしたけれど
この「〇気堂治療室」に行かせたことだけは今でも本当に本当に、後悔している。
2010年の鍼灸ジャーナルNo.17に
会員による研究会紹介という記事で
この院長が主催する「半身症候鍼灸法研究会」の会員達が
治療法を賞賛するトークを展開していた。
あれから2年たっているのに、胸をちくちくと刺される思いだ。
繁盛している治療院だから
こうしてメディアで目にすることはままあることだと
覚悟していたが、やっぱり腹が立ってしまう。
治療と称するならばまず心ありき、でなければならないと思う。
苦しいながらも一読し、
会員の先生方には、いかなる患者が来ようとも
院長が私の母へ行ったような心無い態度はあれ以来取っていませんように、と願ってやまない。

私自身がこの事を乗り越えられるように、
いつの日かただの思い出のひとつとして
淡々と語れるようになる日が来ますようにと祈りながら、誌面を閉じた。

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